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2015.08.02 Sunday

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2009.11.01 Sunday

サイドウェイズ 現実肯定のやり方

 

サイドウェイズは、現実肯定の映画である。午後三時の日差しの中のナパバレーに身をゆだれば、誰もが、今そのままであるが認められる。あるがままの至福である。

ストーリーは、生瀬勝久演じる大介がアメリカで実業家の娘と結婚式を目前に控え、結婚式に出席するためやってきた小日向文世演じる道雄とナパバレーにでかける小旅行の間のささやかなラブストリーである。

道雄は、20年も前の留学生時代の教え子の鈴木京香演じる麻有子との再会に恋心が再燃する。

ナパバレーという観光地に、ロバートモンダミを代表とするワインナリーが舞台となって、いささか通俗なドラマの演出をもってして映画としての芸術性を揶揄するのは、あまりこの映画の正当なる鑑賞とは思えない。

カルフォルニアの低い湿度がそうさせるのかどうかわからないが、この映画には、主人公の過去の傷、感傷といったものを誇張するといったところがない。ドラマが感傷を癒すという日本的情緒のなさがうまく機能している。

ただ、豊饒の土地という名前を由来に持つナパバレーが、そこに来る者たちを受け入れて、ただあるがままを肯定するというロジックが、感傷の治癒の代わりに機能として存在している。

道雄は、シナリオライターをめざして、すでに中年の域に差し掛かり、離婚したばかりであったが、引きつつぎ、シナリオ学校の講師を続けていくという現実を良しとして肯定する。

大介は、1週間の旅行中に芽生えた菊地凛子演じるミナとのラブアフェアから気を取り直し、結婚を望んで、これまで築いた生活を進むことを肯定する。

生瀬勝久氏のあくの強いキャラクターは、日本のドラマでは、誰が見ても気がつくところであるが、アメリカ社会の中で、現地人とやりとりをしている限りはごくフツウの陽気なガイに見えてくるのが不思議だ。

http://www.youtube.com/watch?v=5yX73tXNBgY&feature=player_embedded

サイドウェイズとは人生の横道であるという。この映画では、中年の二人の1週間の旅行での日常を離れた日々が寄り道であることを、テーマとしているように思える。

それでも、果たして、そのとおりであるのかという論議は、少しは有効にも思うのだ。ナパのワイナリーで働く麻有子にしてみれば、離婚後アメリカで働いていたことが寄り道だったのかもしれないし、道雄にしてみれば、20年前に麻有子と出会って、今回、再会するまでが寄り道かもしてないのだ。

どちらが本道で、どちらが寄り道かは後からでないとわからないし、というよりは、どちらが本道だったかは、後になって自分の物語作りの中で、選択するというべきだろう。


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