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2015.08.02 Sunday

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2009.09.14 Monday

高野文子 おんなのこの気持ち

 

高野文子さんは伝説の寡作マンガである。僕がその作品を知った20年以上前からも、作品の数は指折り数えるほどしか増えていないことに驚く。

作品の多くは、観念的・内省的なので、必ずしもマジョリティの読者を獲得しているとは思えないが、今、再読してみても、その感性が古びていないことに改めて驚く。マンガのコマわりも上質な映画のように多彩だ。

多彩な作風を2つに大別するとすれば、1つはハリウッド流60年代の上質なリメイクであり、もう1つは少女(女の子)のデリケートな気持ちの原型である。

三島由紀夫氏は、女性のけしからんところは、少女のうちは皆ネズミの子のような顔をしているくせに、自分の醜さに気づくことなく、美しく生きようとしていいくことにあるという。おまけに結婚してしまうと、もはや自分は性を昇華してしまったような達観のもと、卑近な日常に美をみいだしていくのだと書いていた。

いささか三島流の蔑視ともいえないことはないし、ネズミの子のような顔をしていたとしても、彼女たちは、幼少期からガラスの心を育んできていたことに、高野文子さんの作品を通して気づいてハッとさせられるのだった。

絶体安全カミソリを読めば、幼稚園児にしてすでに芽生える嫉妬、清涼飲料水の入ったコップの解ける氷のような不安、たたみの匂い。男性読者にして、5歳女児の目を通して世界を見ることになる。

作風としては別のスタイルである60年代ポップ調にしても、上述のようなデリケートな気持ちがそのまま、ドーナツショップのオールドファッションの甘さになったような思うのだ。


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