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2015.08.02 Sunday

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2009.09.12 Saturday

本の流刑地

 

売れなかった本はどこへ行ってしまうのだろうか。再販価格制度のおかげで、注文以上の印刷が可能となっている現在の書物は、賞味期間がすぎると回収され裁断されてしまう。

最近の書店での買取を前提とした自由価格本を除けば、本は実力以上のボリュームを市場に投入されうるメリットと表裏一体の関係で、裁断という屠殺場行きを選んだと、少しグロテスクな表現もできる。

図書館に収められた本は、幸福だろうか。図書館を利用される方は、同意される方も少なくないと思うのだが、ベストセラーの新刊書は、3ヶ月以上の予約待ちで、順番が来たころには、読む意欲がいささか旬を過ぎてしまう。

穴場の図書館が見つかれば、思い切り好みの新刊書を購入リクエストすることも可能なのであるが、概して、新刊書がごっそり貸し出された図書館の棚は、ふた昔前のベストセラーと文学全集と図書館以外に購入先がなさそうな実用書、専門書ばかりである。建物のぎこちなさも、いささか老人ホームの体に見えないこともない。

古本屋はどうだろうか。昨今では、大手出版社の売り上げの多くを新古書としてもっていってしまった大手チェーンBなどは、客の出入りも、在庫の回転も好調に見える。ところが、100円均一の棚を見ると、特にamazonマーケットプレイスへ出品する「せどり」者たちに掘り出し物は抜き去られてしまったあとは、なんとも哀しくなるような棚の品揃えである。なぜ好き好んで、かのうようにベストセラーと義理で購入したような実用者ばかりであるのか、これは本の流刑地ではないかと。本の天を白くする裁断加工機は、まるでカフカの流刑地の機械のようだ。

本来、処分されて流通市場から姿を消しているはずの商品が生き残っているのが100円均一の本であるとすると、新刊書のニオイの残したまま裁断されてしまった本とではどちらが幸せだろうか。少なくとも、いずれにしても、好事家が思わず手にとって私財を投じてまで、家に持ち帰って次の代まで、保管したくなるほどに、ハードウェアのモノとしての魅力を持ち合わせていないのも、現代の消耗品としての不幸であろうか。


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