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2015.08.02 Sunday

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2009.09.08 Tuesday

あずみ 無垢は罪か?

 

「あずみ」は、無垢の罪深さを教えてくれる。男性向けマンガとしては異色の
美しい主人公あずみを描写する線が、無垢を象徴している。

天才剣士として育てられたあずみは、同じ剣士仲間との殺し合いとという試練から始まって、ひたすら使命を果たすために殺戮を淡々とこなしていく。あずみが勝つたびに、仲間や世話になった人たちが次々を巻き添えになって死んでいく。

あずみは、決して学ばない。使命を果たすことの過ちも学ばないし、殺戮を重ねていくことにも学習しない。あずみがどんどんと強くなっていくにつれて、登場する敵もより邪悪に、醜くなっていく。そのあずみの無垢と敵の醜さの落差ゆえに、あずみはいっそう美しくなっていくのだ。

本来ならば、殺戮で心はすさみ、あずみは汚れていくべきなのだが、汚れることを知らずに剣士の旅を続けることがあずみの罪深さなのだと思う。あずみが美しくなっていき、求愛する男性も次から次へと現れるにも関わらず、一人生きていくことも無垢の1つの現われである。

「あずみを」読んでいると、小山ゆう氏一流の淡々とした殺戮場面に、圧倒され、それが何度も繰り返されるとだんだん哀しくなってきて、読む気がなくなってくる。

その殺陣のシーンはアングラであれば丸尾末広を思い出させ見事である。実のところ、左右の腕は真っ二つ、首も飛ぶようなダイナミックな殺傷シーンはいささかリアルを越えているのだが、それが時代劇の殺陣と異なるのは、血が流れ、肉がえぐられるのを見て、自分が痛いと感じることにある。

そもそもチャンバラ劇も歌舞伎も、お芝居なので、殺されるシーンに生身の痛みを感じることはない。ところが、小山ゆう氏の優美ながら写実力ある線は、見るものに痛みの哀しさを与える。

あずみがもっとごくフツウの女の子から大人の女性になって、いつしか無垢でなくなれば、あんなに見事に残酷なシーンはなくなるだろうが、あずみが無垢である限り、マンガは終わることはできないと思うのだ。




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