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2015.08.02 Sunday

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2009.07.23 Thursday

背景のないマンガ

 
「天才バカボン」は、背景が空白のマンガである。登場人物のパパもママもバカボンも、まるで、書割も準備されていない舞台で演じるが如く、背景のない空間で、ドタバタ劇を繰り広げる。小学生の時に愛読していた「マンガ入門」では、マンガには劇画とギャグマンガがあって、前者は写実のデッサンを基調とするのに対して、後者は線をデフォルメしていくことを説明しており、よくわからないながらもギャグマンガには背景がいらないのだと納得していた。

今日、マンガの分類も単純に、ギャグマンガと劇画という分類だけでは、成り立たなくなっているのは、マンガ研究家でなくても認識するところであり、総じて言えば、コマワリと漫画的なテクニックは成熟し、背景を空白にするものはほとんど見られなくなった。

圧倒的な筆力をもって、「ミノタウロス」で吉川英治文学新人賞を受賞した佐藤亜紀さんは、小説の作法に一家言もっていて、早稲田大学での講義を「小説のストラテジー」で披露している。学者の論文のように、他人の成果に依拠することない独自の理論武装に圧倒される。新人賞の審査員たちはさぞかしビビッタことだろう。

同書において、佐藤亜紀さんは、小説は、ディエーゲーシスとミメーシスに分類できると表明する。前者は「表現することさえできない剥き出しの神性と人間が遭遇する空白の瞬間を記述する」とし、後者は、「手に触れることもできれば目にすることも音もできる対象が目の前を通り過ぎていく、現実の我々が経験するものに限りなく近い、無数の事物に満ちた世界」であるとする。同書は、それぞれの具体例として、旧約聖書と、古代ギリシヤのウェリギリウスを挙げているのだが、ちょっと難しいので、ここでは省略しておく。

小説の作法の話を展開するつもりではなく、マンガの表現の話である。

要は、佐藤亜紀さんが分類するところはマンガにもあてはまると思うのだ。「手に触れることもできれば目にすることも音もできる」マンガとは、背景がびっしりと描かれたマンガであろう。それが、飛鳥時代であっても、江戸下町であっても、近未来の王国であっても、記述のリアリティがマンガを支えている。

一方、「表現することさえできない剥き出しの神性と人間が遭遇する空白の瞬間を記述する」とは、旧約聖書の文章が、どこの場所の何時の時間のことなのか、常にあいまいであって、いわゆる人間のリアリティを超えている。さもありなん、これはある事実を描写しているのではなく、「問答無用の真実」として追体験されるべき事項だからである。

そうすると、「天才バカボン」が背景に欠けて、どこか、リアリティの欠如を認識させるものであるとするならば、それは、「天才バカボン」が問答無用の真実を描いているからだと言える。彼らの言動は、背景が示す時間や場所がどのようであるかということには、影響されず、彼らの心象が背景に投影されることもない。「天才バカボン」の登場人物は、そのまま、天上の神の国のできごと、であると言われても何ら違和感はないだろう。

真実は、時に誤解されがちである。背景が空白な、つまりは、事実描写の希薄な小説は、ときに、寓話であると批判され、宮本輝氏にそう批評された川上弘美さんは泣いたという(「大好きな本」)

その後、背景が空白なマンガとしては、数少ない読書量から思い出すと、高野文子さんの「絶対安全剃刀」と久保キリコさんの「シニカル・ヒステリー・アワー」挙げることができる。確かにいずれの登場人物も、神々のようだ。

「天才バカボン」の思想は、絶体的な現実肯定である、「これでいいのだ」にあると、本日記で頻出の四方田犬彦氏は指摘する(「指が月をさすとき、愚者は指を見る」)。荘子は世界にあるすべてを平等だから、これでいいのだと書き、ニーチェは来世に憧れたり、意味のない理想に心奪われず、今の現実をしっかり肯定することは、これでいいのだ、に行き当たると。

この考えを敷衍すれば、坂口安吾は「堕落論」で、先に戦争が終わったときには、倫理的には堕落しても、生きていけば、「これでいいのだ」、と現実の生を肯定したといえる。

奇しくも、「天才バカボン」の背景が空白なのは、この哲学を体現する主人公たちの真理の書であることが、その所以だろうか。やれやれ、ずいぶんと遠くまでたどり着いてしまった。
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