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2015.08.02 Sunday

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2009.08.16 Sunday

模写された千円札



現代美術がよくわからないのは、自由平等主義が1つの弊害と思っている。

情報処理の能力は1000年前に比べて進歩したと思うが、感受性をつかさどる脳の身体能力が1000年前に比べて進化したとは考えにくい。

しかし、個人の能力の無限の可能性を前提とした近代社会では、個人の自由な想像力とか表現力を是とし、その表現に貴賎なしとした。

造形物であれば、人物像であろうとオブジェだろうと、古典的な黄金比率からは逸脱し、曲がったり、顔や手足が長かろうが短かろうが、自由である。 さまざま材料の選択も、表面の質感の仕上げも構わない。それをのびやかな表現力をよぶことは簡単である。絵画であればどんな色を塗ろうと、絵の具を高く盛 り付けることもキャンバスに穴を開けようと、何でもありである。これをまとめて多様性の時代と言い訳はできる。

ところが、そのできあがった作品が、その形にならなくてはならなかったという内的必然性が感じることが往々にして難しい。これは単に、感情の垂れ流しではないかと思うことも多い。

元内閣総理大臣の細川護煕さんは政界を引退後、道楽で茶陶器の製作に没頭されている。その作品は、安土桃山を祖とする典型的な茶陶器の写しに近い もので、オリジナルというよりは伝統的な様式美の再現の追究と見受けられる。作者の銘がないとしても、作り方に自由さはなくても、その作品は十分な魅力を 備えている。

さて、書きたかったのは、赤瀬川原平さんのことである。

芥川賞作家、路上観察、老人力で、世間一般に名前を知られるようになった赤瀬川原平さんのゲージツ生活は、武蔵野美術学校時代の前衛芸術活動から 始まった。60年代、アンデパンダン展は、時代の最先端の象徴であり、彼も海外芸術家を模倣して、身の回り品を包装紙で包む作品を作った。

その後、仲間と結成したハイレッドセンターでは銀座の街をヘルメットをかぶって雑巾等で清掃する活動を行った。パフォーマンスとかハプニングがも てはやされた時代だった。こういう前衛活動は、たちまちに袋小路に陥りやすい。実のところ、赤瀬川原平さんは、巨大な千円札の模写は作品としては成功する ものの、通貨及証券模造取締法違反で起訴されてしまうのだった。

こうして赤瀬川原平さんは、前衛芸術の袋小路の中で、文章創作活動に機軸を写し、その芸術家としてのオブジェ感覚から少し力をぬいた作風で1979年には芥川賞作家になるに至った。

それからの赤瀬川原平さんの自由な眼の活動は、周囲の友人たちとのコラボによって80年代のサブカルチャを担った。

路上観察学会とトマソンの発見は、その功績の1つである。トマソンとは、日常の街並みや家屋に見られる不思議な物件やアイテムのことであり、巨人に在籍していたトマソン選手が期待されるほど役に立たなかったことに命名を由来する。

「純粋階段」と言われる物件は、階段の上がった先の家屋入り口がふさがれてしまったために、その階段としての目的を失った無用のオブジェである。
「ワイパー」は、家屋の外壁等に、草木の動いた後が汚れの痕跡として残った作品である。


子供のように無邪気に発見を楽しむことをご卒業された諸兄には、何ら興味を引かない話だと思う。それがどうしたと。少しは賛同される方々がおられることを前提として先に進ませていただく。

赤瀬川原平さん自身やその仲間たちも、言及をしていないことなのであるが、赤瀬川原平さんの路上観察学のファンになり、その後、過去の前衛芸術の活動を知ったときに、なぜ赤瀬川原平さんがトマソン物件にこだわるのかが痛いほどわかった気がした。

前衛芸術活動は、現代美術のモットーとする自由平等の行きどまりの1つである。何か、常軌を越えたものをだし続けることは、毎日テレビにでるお笑い芸人のようにしんどい。しかも、芸術家なので、そこにある種の意味とか美しさを盛り込まなければならない。

前衛芸術活動から引退し、自由な眼だけは磨きつづけた赤瀬川原平さんがトマソンを見つけたときには、これは自分が創作に励んでいた作品そのものだ と気が付いたはずだ。包装された扇風機には、包装される意味はなかったし、模倣された千円札には模倣される意味はなかった。芸術活動が目的だったからであ る。

戦後の成長経済の軌跡は、目に見える形の結果として、戦前の建造物を破壊し、雨後の竹の子のように家屋を建て、建て替えも間に合わずに、増改築を繰り返 した。増築で不要になった入り口は、取り急ぎ、ふさいだとしても、入り口までの階段はそのまま残された。隣家が突然解体され、その影が原爆あとのように壁 の残った。わざわざ展覧会に出品するためにそうしなくても、作品は、すでに路上に展示されていたのだったと。

実のところ、海外にはトマソン物件は少ないらしい。

誰か、トマソンは、実は、赤瀬川原平さんが作っていたのを、見たという人はいないか。


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