<< 魔法が解けた話 | main | 模写された千円札 >>
2015.08.02 Sunday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2009.08.14 Friday

顔の成長




テレビなどで見る人物の顔つきに変化を見て、ときに、感動したり、驚いたりする。

顔つきの変化が好ましいものであっても事情は複雑だ。

サッカー日本代表の岡田監督は、1997年に加茂監督が更迭されて、コーチから代理監督になったときは、いかにもコーチという顔つきをしていると思った。何度も日本の過大な期待を背負った試合をクグリぬけ、いつの間にか少しフテブテシイ監督の顔つきになった。最近は、もうやめたいと言う顔にも見える。

光市の母子殺人事件の被害女性の夫の男性は、最初にテレビに登場したときから、ずいぶんの印象が変わったと思う。事件直後の少しこわばった呆然自失の表情は、その後の判決ごとに精悍で堂々たる顔つきに変貌した。

もっとも、その背景の痛みを想像すると、精悍な顔つきに変わったことは、本人の望むところではなかっただろう。いくら顔つきの変貌を賞賛されようとも、少し固さを残す実直な表情のままごくフツウの生活を過ごせればよかったことを想像すると複雑な心境になる。

あっと言う間の老け込みも、思いは複雑になる。

伝説のジャズプレイヤーのチェット・ベーカーは若いときは、甘く倦怠感あるトランペットとボーカルが持ち味の美男子だった。麻薬漬けの生活だったと聞くが、晩年の写真を見ると、六十歳前とは言え、青年が浦島太郎のようにあっという間に老け込んだような表情で、少しショッキングである。

鬼才中島らも氏が、自ら記した半生記で、現代としては稀有な破滅型文学者の生活を送っていたことを知ることができる。階段からの転落という不慮の事故で亡くなった後に、妻であった中島美代子さん記した著作からも、らも氏との波乱万丈の生活ぶりを確認することができるのだが、それは彼女自身もかなり常軌を逸脱した暮らしを余技なくされたことが知られた。

彼女の著作のカバーには、松田勇作ばりのらも氏と玉子のような童顔の彼女の若いときのツーショットの写真が使われているのだが、子供が成長したころの彼女の写真もあっという間に年をとられた面立ちに、同一人物とは受け入れがたい思いがする。

さて、語るには旬を過ぎているが、北京オリンピックでは、若い選手の台頭が心強かった。大人の過剰な期待や批判など臆することなく、マイペースで成長する選手の後姿は頼もしい。

若手の一人に体操の鶴見虹子さんがいたが、最初は小学生なのかと思った。実は彼女は高校生なのだが、体重が40キロに満たない小さな体とそのあまりに幼い顔立ちには、国民の過度な期待を課していると思うと痛々しい。日本はここまで、幼い者たちに頼らなければならないのかと。

彼女がこれからどんな顔の成長をみせてくれるか楽しみである。付け加えるならば、応援する側が痛々しく感じない程度に、少しぐらい生意気な顔立ちの大人になってほしいと切に願うばかりである。



にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
にほんブログ村
2015.08.02 Sunday

スポンサーサイト

コメント
コメントする








 
この記事のトラックバックURL
トラックバック
Calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>
PR
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM