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2015.08.02 Sunday

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2009.08.05 Wednesday

地球空洞説 2

  
 ガードナーたちを地球空洞説の実証のために、北極探検計画に駆り立てた背景は何だったのだろうか。

種村季弘氏の前著では、1つの解釈として、ガードナーらがアメリカ大陸の発見者の精神性を承継した末裔であるアメリカ市民であることを指摘する。彼らは、新大陸が発見された後も、さらなるフロンティアを憧憬していたのだと言える。もう1つの解釈は、アメリカ大陸の原住民インディアンに伝承されていた説話の影響である。説話では、彼らの祖先はかつて地下の空洞に住んでいたという。彼らの地球論は被征服民族の神話の隔世遺伝ではなかったかと指摘する。

もっとも、宇宙論の仮説、理論に関しては、古代、中世から、脈々と流れる想像力の系譜があって、プラトンの古代哲学からケプラーの太陽系モデルあたりまで美しい関係性を展開してる。ダンテの神曲の地獄の構図など、シムスのバームクーヘン状の地球空洞モデルを断面にしたごとくである。

この点、ガードナー等の想像力は、ジュール・ヴェルヌの「地底旅行」(1864年)あたりに接した一般市民の素朴な空想ぐらいに思える。その意味で、仮説自体にはあまりオリジナリティは感じられない。むしろ評価すべきは、仮説を実証しようとした情熱の方にあると思うのだが、その情熱がマゼランやコロンブスのそれらと一線を画すものはいったい何か。

それは、結果として成功したか否かというよりは、大航海時代の新世界という近未来への前向きな情熱と比べて、どこかに大きな空洞があるのならばそこで隠れて暮らしたい退行性を秘めた暗い情熱にあるのではないか。

世界は広がる。宇宙は膨張していく。進歩と変化は止まらない。穴があったら入りたい。マゼランの時代には、自覚されることのなかった近代人固有の不安の発見である。

ギュンターグラス原作の映画「ブリキの太鼓」の冒頭で主人公の少年がお祖母さんの大きなスカートにもぐりこむのに、その情熱は似ているように思える。 にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ
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