<< 保坂和志 ストーリーと感傷と比喩と文体のない小説 | main | フェルメールにビリーホリディを見ることについて >>
2015.08.02 Sunday

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

2009.11.24 Tuesday

上戸彩 妹の力

 上戸彩さんには、妹の力がある。

こう書いてしまえば、もうそれ以上の説明は望まれないことをのっけからおそれる。直感的に自明なことに何かそれ以上の理屈が必要であろうか。それでも書き進めたい。

少し勢いも落ち着いた感のある上戸さんのドラマの役柄というのは、基本的に妹路線である。それは彼女役であっても(義経、NHK、2005)、若妻であっても(暴れん坊ママ、2007)、女剣士であろうと(あずみ、2006)、彼女の技は妹の力によるものである。

年下の女の子という、以上に妹の力が何かと、付け加えるとするならば、それは非力であっても、問題解決に、身体をはって立ち向かう「健気さ」だと思う。

その非力さとアンバランスな献身性に、世の中の年上の男性諸氏は、妹の力を感じざるを得ないのだが、年下であればだれでも「妹」たるアイドルの称号を得られるかといえば、ある一線を画する特異性があると思うのだ。

上戸さんの場合、それは健気さのリアルさが、どこか育ってきた環境でのひょっとしたらつらかった経験に伴う陰にあると想像する。そして、その陰が面影の一部に、ひっそりと痕跡を残しているように見える。

上戸さんの唇は、かなり分厚くて肉感的な魅力は間違いないのだが、その口元が笑ったときに、ときに、真横に、ときに斜め上に、広がる形には、どこか、実は天真爛漫の素顔を見せていても、笑いきることのできない、何かつらい思いが気持ちを支配しているような陰を一瞬感じる。

ほとんどの視聴者が気づかないその陰があることが、彼女の魅力に深みを与えているようにも思うのだが、その一方で、何か魂の浄化のような試練を自ら課して、芸能活動をボランティアの如く実践していうようにも思うのだ。そのボランティアの役割がすんだとき、彼女の笑ったときの口元の陰は消えて、フツウの笑顔の魅力的な一般女性に帰っていくのではないだろうか。

その面立ちは自らを汚して平和社会を勝ち取ったあずみのそれに重なる。
2015.08.02 Sunday

スポンサーサイト

コメント
コメントする








 
この記事のトラックバックURL
トラックバック
Calendar
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>
PR
Selected Entries
Categories
Archives
Recent Comment
Links
Profile
Search this site.
Others
Mobile
qrcode
Powered by
30days Album
無料ブログ作成サービス JUGEM