2015.08.02 Sunday

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2009.10.08 Thursday

私的オーディオ論 3

 

ポストモダンがはやったころだったが、文芸批評の1つのトレンドとしてテクスト主義という思想が話題になった。要は、文章というものは、著者の意図が絶対的なものであるとする枠組みをはずして、読み手は、著者の思いとは無関係に自由な読み方が可能であるとするものだった。

この教義にそって、さまざまな誤読を楽しむ評論が、あらわれたが、結局のところ、何が楽しくて誤読するのか、相対化してしまってもきりがない、という袋小路にはいったように思えた。

オーディオ界にあっても、著名なオーディオ評論家がホビー雑誌にレコード演奏家?なる活動を提唱をしていたことがあった。メーカー品の絶対的信仰を脱却して、リスナーが自分の意思で、自分の美意識にそった再生を、主体的なアンプの選択または設計、等によって実現しようとするものだった。

今から思えば、リスナー主導と言っても、ビンテージーカー好みのおやじの道楽談義の域は越えていなかった。まあ、その点あの長岡鉄男氏などは裸足の肖像が印象的で、結構ブランド信仰からは独立していたと思う。

レコード演奏家など、とまでは言わなくても、つまるところ、レコード再生、オーディオというのは、いきつくところは自分の心の鏡であって、自分の美意識なるものがそっくりそのまま映し出されるのであって、このメーカーのこのアンプがと言っているのも、実は自分の美意識の結果を、自分で聴いて満足していること他ならない。

それはそっくりそのまま、受け入れたとしても、まだ、評価する余地があるとすれば、オーディオ道を極めるとは、そっくり自分の感性を磨きあげていくプロセスにほかならない。つまりは、より真実の生の音が聞きたいという欲望も、実は、自分の脳の中で生々しく再生される音が聴きたいということにほかならないのだ。

そこで、ある種の結論に収束させるとするならば、生演奏の音よりも、自分のオーディオ装置で人工的に再構築した音を好むのも、脳の中での再生音にこだわるからではないかと思うのだ。

別のエッセイで、輪郭どられたカラーグラディエーションのイラスト(わたせせいぞう)が現実よりも美しいと書いたが、それも、脳内でエッジを知覚して、そのイラストのように脳内で光景を認識しているに違いないと書いたことがあるが、それと同じ論理ではないかと思うのだ。

テナーサックスの音が美しいと思うことと、同じようなホーンライクで、同じような周波数のビリーホリデイの悪声を美しいと思うのはなぜか、まだ僕はうまく説明できない。


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2009.10.07 Wednesday

私的オーディオ論 2

 


オーディオ装置のことは、オーディオマニア以外の方は、興味ないことなので、簡単にすませたい。

アンプは、直熱管という、ヒーターを直接熱した、熱電子がプレートに飛んで増幅動作を行う、初期の真空管を使用する。直熱管は総じて、音が透明で、余韻の響きが美しい。回路理論上の理屈は解明されていない。


真空管のゲインは小さいので、段数を重ねることになるが、段の接続はCR(コンデンサ・抵抗)ではなくて、重いトランスを使用する。一般にトランスは音をぼかせるだけなのだが、直熱管との組み合わせでは、高域を保ったまま腰の重い重量感を与える。コンデンサは種類の選択がきりがなく、結果としては音を鈍らせるように思う。


スピーカは高能率のフルレンジが、家庭のリビングリーム程度の空間では無難であって、高能率のものが音のぬけがよい。イギリスのローサーは、100dBぐらいある、その最たる例で、トランジスタアンプでは高域に癖があるが、真空管アンプとの組み合わせでは、蓄音機のようなぬけと生々しさを再現する。


直熱管トランス結合アンプは、館山にすむ佐久間駿氏が「無線と実験」で連載をもっていて、一部のファンの圧倒的支持を得ていた。ぼくも館山詣でをして、直伝を伝授してもらった。(佐久間駿 「失われた音を求めて」)


やっぱり、簡単には書ききれなかったが、直熱管アンプとローサーで聴く昔のレコードは、特にボーカル再生や、小編成のクラシック、ジャズに向いていて、リビングの空間に、そこだけ見事に生々しい異次元世界を再現するのだった。先のシェルマンの蓄音機に近いものがあった。


さて、なぜ、人は再生音に感動するのだろうか。再製芸術の意味について最初に考察したのは、ベンヤミンであった。


彼の理論は、20世紀以降、人は本物に触れる前にその再製品(シミュラークラ)にふれることが一般になり、その後に本物にであったときには、あたかも図鑑の中の生物を、本物として再確認するという認識と感動のプロセスを経るようになる旨を主張している。

続く

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2009.10.06 Tuesday

私的オーディオ論 骨格あるミッドレンジ

 

オーディオに興味ない読者にはどうでもよい話であるが、オーディオは中音域のぬけが全てであると思っている。

中音域というのは、だいたい人の声の周波数域で数百Hzから数KHzまでだろう。ぬけがいいというのは、音がスピーカから飛んでくるスピード感のことをいう。

半導体オーディオになって以降、もっとも、PCで音楽を聴くようになるとそれもどうでもいいことになりつつあるが、ラウンドミッドナイトのベースのような低音をだすことや、蚊の飛ぶような若者が嫌いな高音までの、広範囲域の周波数再生能力をもって音がいいとする風潮が高まった。ところが、ボーカルを楽しむにあっては、低音も高音もいらないし、かえって主役の音を邪魔する場合も多いと思う。

もう15年も前になるが、とはいってもCDも普及してからの話であるが、オーディオの自作に目覚めた。電気回路理論を修め、メーカーでLSI設計にも関わったが、どこか少年時代より描いていた電子工作の悦びが仕事では得られなかったのだ。0.5mmピッチのLSIの半田づけをしていても楽しくなかったのだ。

ある日、オーディオ雑誌の広告記事を手に、銀座のシェルマンに蓄音機の音を聴きに行った。手元に資料のないので、記憶頼りの話となるが、シェルマンの2階にはところ狭しと、ビクトローラ、クレデンザから、電話台クラスの小品までが並び、クラス会のような賑わいだった。

今でも、鮮明に覚えているのは、そこでナットキングコールのラブミーテンダーのSPレコードの再生を聴いたのだ。その音は、隣の部屋にナットキングコールが訪ねてきて歌っているような、ストレートで生々しい音だった。もちろん、盤の録音と表面の傷によるノイズ音は明らかだったのだが、それはどうでもよくくらいだった。

もう少し、その体験を具体的に描写するとするならば、それは死んでいるはずのナットキングコールが黄泉の世界から甦って、隣の部屋で歌っている生々しさ(ちょっとオカルト的ですらあるが)、咽に息を呑む様が聞こえる艶と、その亡霊が消え行くようなはかなさがあった。おおげさに言わないとしても、生身の人をたかが塩化ビニールの板に感じたのだ。

オーディオメーカーで設計をしていた友人の言葉を借りれば、タイムマシンなのかもしれない。

その体験は、ちょっとショキングなもので、直感的に、映画もカメラも、おおよそ、人間の五感に関わる機械というものは、すでに過去に黄金時代を迎え、最先端の技術などの進歩などは、もう関係ないことを認識したのだった。

もう少し正確に論じるのならば、技術はその黎明期に1つのピークを迎え、あとはその大衆化の途をたどるだけであると。

その後、真空管オーディオの日本を代表するマニアの皆さんとお付き合いが始まり、ときにオーディオ議論をさんざんやって至った認識は、昔の機械だから必ず優れているという神話ではなく、おそらくは、一発録音の時代のエンジニアから製作者までの感性がこめた美的感覚が、陳腐化していなかったのだと思う。要は、感受性というものが、実は、気がつかないうちに機械のスペックに憑依するといえようか。

続く


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2009.09.30 Wednesday

ビリーホリデイ 大人になるということ

 

もし、君がまだ若くて、大人になるというのはどういうことかと尋ねてくることがあれば、僕はビリー・ホリディを聴いてみることだと答える。

秋になるのを待つ。動画サイトにアクセスして、ビリーホリディの”It had to be you”を再生する。
It had to be youとは、訳せば、さしずめ”あなたでなければだめだった”だろうか。

http://www.youtube.com/watch?v=LwdC58OFcyE


大切な人のことを想定してみる。そして何か問いかけてみる。涙がでそうになる。

なんとも感じないときは、あと何回か夏を過ごしてから、もう一度試してみよう。

僕はビリーホリディに感激するには30年も時間がかかった。長い年だ。オリンピックだったら8回近くあるし、もう40年もたてばハレー彗星も見れたかもしれない。いやそれでも、何にも感じることがないという方がいれば、僕はジャズのカミサマと相性が悪いのだという他にはない。

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2009.08.04 Tuesday

ジャズと時代劇が出会った日

  

モダンジャズと時代劇は見事にマッチしている。洗練された様式美。虐げられた時代と暗い情熱。喧騒感。こぎみよいテンポ。この2つがマッチすると思うに至ったのにも、少しばかり逸話がある。

カリフォルニアで暮らしていたときのことである。少なくない数の日本人が住んでいたベイエリアには、駐在員向けの日本食店に加えて、アルコールを提供するお店も、好みと予算に応じて選択できるくらいの数があった。 たいていの場合、お店の建物の外観は、ただのコンクリートの大きな固まりである。ロケーションとしては、ダウンタウンのストリートのはじっこ、あるいはひとつ裏側のブロックにあった。

カリフォルニアというのは、基本的に自然の木々というのがないところなので、だだっ広い土地の中で、そこだけが解体を逃れた映画セットのように、ポツンと佇んでいた。 店内の様子について言えば、日本人または外見はあまり区別のつかない東洋系の女性スタッフと、日系人の常連客がいた。メニューと言えば、一通りの日本食と、リーズナブルな値段のカリフォルニアワイン。ビデオ映像付きのカラオケセットには日本の歌に加えて、広東語と北京語が2段組されたキャプション入りの中国語の歌があった。

その日は、たまたまジャズの好きなメンバーで集まったので、カラオケに興じるわけでもなく、今晩は静かに飲みましょうということになった。ほかに客もいなかったせいか、お店の音楽もカラオケからジャズに切り替わった。 そのとき、カラオケ用に用意した巨大スクリーンのほうは、おそらく演歌のカラオケ用に時代劇のビデオが音楽再生なしで、始まった。そんなわけでモダンジャズを伴奏にして、殺陣まわりを繰広げる夜のシーンが思わず心をつかんだのだった。劇進行をうながすようなベースと、刃があたるようなドラムと、殺陣現場に残った熱い余韻を冷ますようなサックスのソロと。

日本を離れた場所で、日本の文化をバーンと突きつけられると、まるで砂漠に水が染み込むように、頭の中にも刷り込みされてしまうのだろうか。多くの日系人がいささか過剰な日本好みになるのもよくわかるところである。もっとも、その組み合わせが、なかなかよかったことは同席していたジャズ好きの仲間も賛同していたので、間違いないと思う。

さて、今でも、仲代達矢が登場する映画をバックにマイルスでも再生すると、ゾクッとするのは間違いないのであるが、あのときのドキドキには少しばかり及ばない。何が足りないのだろうか。考えてみると、夏でも足元をすくう乾いた風と、壊れかけた映画セットのような建物の中を思い出す。要は、異国の風土が、ジャズと時代劇を坩堝に溶かし込む強烈な記憶装置だったのだろう。

今度、アメリカを行くことがあればどこを訪ねたいかと聞かれたら、日系人が集うカラオケ装置のあるお店と答えたい。
 
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2009.08.02 Sunday

かぐや姫は、言った

  

かぐや姫のセリフにちょっとドッキリした。子供の古文の勉強につきあっていた時のことである。決してスラスラとは読めない謙譲語の連なりの中で、かぐや姫の言う「しばし待て。」という文字の部分だけが映画のキャプションのように浮かび上がって見えた。

竹取物語の最終章。月世界のからの使者から、不老不死の薬と天の衣を手渡される、出発を急がされたときの、彼女のセリフである。背後には帝の命により警護についたものの金縛りにあった武人等をひかえ、月世界からの使者とのコンタクトで緊張状態のピークである。
 
彼女の台詞は、その一言だけで、それまで凡庸な老夫婦の養女であって、決して行動的でもなかった彼女が、一転、月世界の高貴なる姫君であることを明快に示している。毅然たる態度で、月世界からの天人に、家来を諭すように、言い放すのだった。帝への手紙を書くので待ちなさいと。地上界と月世界のそれぞれの威厳を肌理細やかに調整する女性外交官、あるいはそれを演じる宝塚出身の女優のように思えた。 彼女は決して、私を月につれて行ってとは言わなかった。
 
http://www.youtube.com/watch?v=dfEvTTyiVUA

フランク・シナトラが”Fly me to the moon”を歌うのは、それから1000年も後のことである。近代史で言えば、アポロ11号が静の海に着陸する1969年を間近に迎えている。その点では、近未来志向のモダンな曲名と歌詞とも言える。でも、ヒッピームーブメントの時代背景を考えれば、ちょっと奇抜な歌詞はドラッグで酩酊し、昇天させてとばかりの心象風景ともいえないこともない。

ジャズには、月をテーマにした曲に枚挙がいとまない。ムーンリバーからブルームーン、恋人よ我に帰れまで。日本の古典も花鳥風月が定番である。フランクシナトラがかぐや姫の物語を知っていたかどうかはわからないが、どこか似て異なる想像力の原型が1000年の時空を超えてある。  

 2007 宇多田ヒカル Fly me to the moon
2009.07.31 Friday

ボサノヴァ白書

  

ボサノヴァは不思議な音楽である。古今東西、民謡やポップスに顕著であるが、歌に気持ちや情念をこめるには、こぶしからホイミー、スキャット、シャウトまでのどの使い方が一つの技法的特長と思う。
ボサノヴァは、その歌詞がつぶやくように吐き出された音の固まりは、ノドを通過して倍音の生成もスイングのうねりの共鳴をすることなく、宙に消え、雲の高みに上っていく。ポルトガル語で歌われることもあって、そのささやくような歌声は口唇をすべっている。ときに奏でられるギターの弦の音とともに、生み出されるその洗練された音は、スコールの後にブラジルの大地から揮発していく水蒸気のように思い描かれる。

そのあまりに軽くそっけない音楽性は、日本人の情念とは波長が合うものではないのであろうか。実のところ、経験的には、なんというか、一度聞いた歌が心の琴線を深く刺激するというところがなかった。 それでも、おりにふれてボサノヴァのジャズを聞いている年月のうちに、煮ごこりのように蓄積していった音のエッセンスが身に染みて、いつの間に身体からとれなくなっていた。

http://www.youtube.com/watch?v=Zu33XsAxMU0

考えてみるのだが、ボサノヴァの歌い方と、日本人のメンタリティとの違和感というのも、おそらくは、感情の発露と我慢の蓄積に対する文化の違いなのではないか。往々にして日本人の感情の抑制と我慢と、最後のぶちギレは、高倉健のやくざ映画的美学である。

ボサノヴァの現代的に洗練された感情表現には村上春樹の小説にも似た乾いた都会性と普遍性が認められる。 ボサノヴァとブラジルを語るに足りるほどに、持論を引き続き展開する技量は持ち合わせていないだが、その懐かしく洗練された音楽に、昔クラスメートだったブラジル女性のことを思い出してみる。外国人の集まりだったクラスでも彼女は一番鼻筋がとおっていてあっけらかんとしていた。       1953  cry me a river
2009.07.28 Tuesday

ロックンロールが足りない

  


清志郎のライブを見て思う。今の社会に不足しているのは、生活給付金などではなくて、ロックンロール魂ではないか。

夢は何かと尋ねられて素直に、世界平和と答える前向きな姿勢ではないだろうか。
 
僕らは、あまりにも器用に、怒りを靴箱にしまって我慢する方法を覚えてしまったと思う。
 
http://www.youtube.com/watch?v=CfD9mgOekWE


村上春樹の「羊をめぐる冒険」は長いこと、僕の人生の伴侶である。 生活に疲弊した主人公は、ある日突然羊をめぐる冒険に巻き込まれていく。 不条理でやっかいな顛末に巻き込まれて、最後にそれが羊男の企てたゲームとわかったとき、羊男を相手に話をしていたクールな主人公は、「僕はとても腹を立てている」、「生まれてからこのかた、これくらい腹を立てたことはない」と突然ギターを叩き割る。
 
そして、冒険は終わり、美しい耳の恋人は消え、主人公はジェイズバーに戻り、象は草原に帰り、世界の秩序は回復する。小説の終わりで主人公は河口で2時間泣く。このあたりはグレートギャツビーに酷似している。時代設定は1982年と裏カバーに記されていた。

クールな時代の誕生である。

やれやれ、マイルスデイビスの同名のアルバムからもう半世紀もたってしまった。京国心 爛漫たり。なんと遠くまで来てしまったのかと思う。清志郎が「羊をめぐる冒険」の主人公だったならば、その場面ではきっと、ギターを叩き割って、クールに怒りを抑えたりはしない。ギター片手に演奏を奏で、そして世界は救われたというストーリーになっていたのではないだろう。...

ベイエリアからリバプールから、、というサビを聞くとき、魂が世界の果てまで飛んでいってしまいそうな気持ちになる。    

  1980 RCサクセション トランジスタラジオ
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