2015.08.02 Sunday

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2010.06.27 Sunday

宇野 重規 〈私〉時代のデモクラシー

 http://agora-web.jp/から引用
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しかし1980年代に社会主義が崩壊する一方、福祉国家が財政的に破綻し、「小さな政府」に向かう後期近代に入った。これにともなう社会の<私>への分解を批判したのがコミュニタリアニズムである。他方、日本では、伝統的な共同体が会社に横滑りする形で近代化が進行したため、公的な福祉支出は小さく、会社が個人を守り、彼らの人生に意味を与える役割を果たしていた。

この擬似近代化は経済的には成功したが、そこには<私たち>のデモクラシーがないため、90年代以降の長期不況で会社共同体が崩壊すると、人々は所得だけではなく人生の意味を見失い、自殺が激増した。求心力を国家に求める人々は「ネット右翼」のような形で若い世代にも出現したが、彼らは遺族会や右翼団体などの自民党の伝統的な支持基盤とは違う<私>の集合体なので、派手な言説の割には政治的な力は弱い。

自民党政権の崩壊は、この意味では歴史の必然というより遅すぎたのだが、それに代わって登場した民主党政権は、こうした変化をまったく理解せず、前期近代の遺物にすぎない社民的イデオロギーや労働組合に依拠して所得移転を行なおうとして政策が破綻してしまった。この閉塞状況を脱却するには、会社への幻想を捨て、<私>が新たに集まるアゴラを創造するしかない。
...
★★★★☆(評者)池田信夫
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論じられている内容が宇野氏のオリジナルの部分なのか、評者の解釈なのかは確認できていないが、そうかもしれないと思っていたことを端的に指摘されるとその通りだと思ってしまう。

つまりは農村に代表される大家族の封建的ともいえる家族社会は、近代化の中であっさりと崩壊したようだったのだが実は、会社というもう1つの家族社会にやどかりのように変身して生き長らえていたわけである。

いわば同期入社は、会社という1人の配偶者に対する一夫多妻の大勢の妻の一人、あるいはその逆である。入社面接で忠節を誓うのは結婚式の指輪交換に等しい。離婚が増えたのに比例して、入社時に約束したように、自分の存在を大事に認めてくれない会社からの退職が増える。

日本社会は、ようやく家族型社会が真の意味で崩壊しつつあることに気がついたともいえるのではないか。

2010.05.14 Friday

ユリウス・カエサル 塩野七生  2

 古代ローマの歴史を復習していて、素朴に思うのは、何ゆえに二千年も前に成立した民主主義の政治のしくみが、カエサルを含む三頭政治を経て、カエサルの養子のアウグストゥスから帝政の時代へと、時代を逆行するような経緯をたどるのだろうかということである。

塩野七生氏は次のように書いている。

「「三頭政治」も現状のサミット同様に公的な機関ではなかった。より多くの衆知を集めればより良いことができるとする、民主的共和的考え方へのアンチテーゼであったことは確かだが。ちなみに、ローマの政体で拒否権を認められていたのは執政官と護民官のみであり、護民官が乱発する拒否権によって、ローマの国政は動きがとれなくなることがしばしばであった。」

現代の日本の政治の様相を見るに、このデッドロックを独裁者抑制の機能と見て良しとするのか、閉塞と見るかは後世のみが知るところだろうか。
2010.05.11 Tuesday

ユリウス・カエサル 塩野七生 

 ユリウス・カエサル 塩野七生 



カエサルの少年期に後に「同盟者戦役」と呼ばれる動乱がおきる。
叔父のルキウス・ユリウス・カエサルがローマ軍の最高司令官と
して鎮圧する。軍事的な鎮圧ではなく反乱側のローマ市民権を
認めることによる政治的決着である。



「...戦役終結の代価は高くついた。しかし、この「ユリウス市
民権法」によって、ローマは、都市国家の形態を超越する第一歩を
踏み出す。それも、勝者が敗者を軍事力で押さえこむということで支配し
搾取するやり方ではなく、勝者のほうが敗者を同化し、強制状態にもって
ゆくというやり方によってであった。...私には、ギリシア人とローマ人
のちがいの一つは、この点にもあるような気がする。ギリシア人は、アテネ
であろうと、スパルタであろうと、階級闘争はどちらかが勝利するまでつづけ
られ勝ったほうが敗者を従属させることでしか終わらなかった。」
(ユリウス・カエサル ルビコン以前 ローマ人の物語 塩野七生 )


戦前の日本支配のアジアも、戦後の米国支配の日本も、少なくとも見かけ
上は平和な占領には、同化という思想があるのだが、これは古代ローマに
遡るというところだろうか。同化の中で、敗者の怨念は減衰しながらも、数
十年は残るとは思うのだが、古代ローマでその後におきたスッラとマリウス
の互いの復讐の繰り返しを読むとき、殺戮は遺恨さえも残さないと言う意味
で不毛なのだと思う。

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