2015.08.02 Sunday

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2009.09.02 Wednesday

英会話指南2

 

先に自分のもう1つの人格にスイッチできることが、英語を話すことの楽しさと、書いた。実は、自分のもつ多重人格も、自分の力量の範囲内であるというのもまた事実である。例えば、日本に暮らしていて、知らない人と付き合うのが苦手の人が、米国に暮らしたからといっていきなり、社交家に変貌するわけではない。

日本で走るのが遅かったのに、米国で走るのが急に速くなるわけではないように。持ち前のコミュニケーション能力またはそのコミュニケーションにおける個性の発揮に応じて、英語でのコミュニケーションも広がる。

一言で言ってしまえば、世間話ができる能力である。貴方が、まだ大学生だったら知らない田舎でおじいさんと話をして、共通点を見出し、盛り上がることができるコミュニケーション能力である。

僕自身を振り返ってみても、若いときにそんな能力もなければ、そんなことをわざわざしたいとも思わなかった。それでも、パロアルトのアダルトスクールでは、世界から集まった 老若男女の同級生と、授業中にフォークダンスを踊ったり、ソフトボールを楽しく競ったことを、少し照れくさくも懐かしく思いだす。 逆に言えば、如何に見えない社会規範に気を使って暮らしているかということの認識でもある。

コミュニケーション能力とは、1つには、年齢や実生活に応じて、相応にという側面もある。あまり焦って磨かなくても、気がつけば身についたという点では、父親になるということにも似ている。

僕の母親は、インターネットで知らない人とコミュニケーションするということは実感しがたいようだ。おそらく僕の祖父母は、そのようなコミュニケーションの形態が存在するとは予想しなかったろう。そうすると、僕の数世代以上前で、半径4kmぐらいの1000人未満の農村社会で暮らしていた人々にとって、未知なる国の人々と交流することにどのような意義を見出しただろうか。


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2009.09.02 Wednesday

英会話指南

 

英会話学校は、現代の茶の湯だと思う。

会話の練習であるから、話の中身には特に意味はない。
お茶を味わうことは第一義ではない。それが、日本茶である必然性もない。

文法と発音に拘る様式美。道具にこだわったミニマリズムの極致。
世の中と遮断された教室空間。にじり口から入る二畳半。

一期一会の精神。緊張感。
コミュニケーション。

1つの箱庭的文化としては、英会話学校は、現代の茶の湯の文化の完成である。そこでアートとしての技法の高みを極みに達することも可能であるとはいえる。

難しいことはさておいても、英会話というスキルが、何か精神性の高みに昇れるようなドキドキした実技力であることは間違いないだろう。

もし、貴方が英会話のスキルを磨きたいと思うならば、英会話番組を独学で学ぶよりは、英会話学校で生身のネイティブに教わることがよいと思う。しかし、もっとコミュニケーション能力を発揮したいと思うならば、英会話学校は早いうちに卒業してしまうのがよいと思う。

英語をしゃべる喜びは何だろうか。1つには、自分のもう1つの人格のスイッチをオンして、もう一人の自分になれることである。米国社会であれば、今、日本で振舞っているよりは少しハイテンションで、オーバーアクション、ためらいのない言動を気持ちよく身体で感じることができる。

けれど、注意しておくべきなのは、相手は、自分とは異なる生まれ育ち、価値観の異なる他人である。価値観の異なる人たちを許容できる度量は準備できているだろうか。日本社会で他人との些細な価値観の差を日々愚痴ってしまう方は、外国人と話をしても一層、不満が増えるだけなので、しばらくやめておいたほうがよい。英語で話をする楽しみとは、他人の言動を寛大にあしらうことのできる大物を演じることそのものであるからだ。



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2009.08.10 Monday

英会話学校の教え



初めて英会話学校に通ったときのことはよく覚えている。アメリカに行くことが決まって、新宿にあるベルリッツに毎日仕事を終えると通った。

ベルリッツは、日本語なし、センテンスの反復練習のメソッドでブランドを獲得した英会話学校の老舗である。フィネガンズウエイクのジェームズジョイスも奉職していたことがある。

講義は複数の講師の持ち回りのローテーションで、チャプター毎に反復練習を完了すると自由なテーマで文章作成の質問を重ねてくる。

名探偵ポワロを愛想良くした雰囲気の先生は、”lead”を使って文章を作るように、と言った。私は、モーゼは、イスラエルの人々を約束の地への導いたと、英語で作文して答えた。先生は、ちょっと驚いたという顔をして、そんな答えを聞くとは思わなかったと答えた。彼のもう1つの職業は宣教師だった。

カナダ人の先生は、ユートピアについて、考えるところを述べよと言った。私は、19世紀的な進歩主義が必ずしも世界をユートピアに結びつけていないことを、まだ当時は世の中の関心も低いエコロジーライフを踏まえて答えた。すると、先生は、僕はこう思うと、珍しく少しだけ雄弁に答えた。

確かに、都会暮らしを離れたところで、ユートピアを思い描くことは可能である。自分の叔父も、山の中で仙人のように暮らしていると。僕は、ユートピアとは、シティのことだと思う。物資にあふれ、安全で快適であると。そして、人類が長い歴史を経て勝ち得た稀少なものであることを力説したように記憶している。

その後、大勢の人に出会ったし、たくさんの本も読んだけれど、都市がユートピアだと、ためらいなく語る人にも本にも出会ったことはなかったので彼の主張は印象深く覚えている。

黒人の若い先生は、ちょっと頭も小さく黒豹のような印象だった。おそらくは大学院にでも留学しているのであろうか、珍しく愛想にも欠けて、どこか日本人嫌いではないかというくらい反復練習では間違いの追及が厳しかった。

彼は、こう尋ねた、これからの日本に必要なのは何かと。私は、長期に渡って通用するインフラストラクチャだと答えた。これまでの歴史の中ではあまりにもスクラップアンドビルドを繰り返し続けてきたと。

彼は、特に何もコメントしなかったが、それからの授業は少しやさしくなったような気がした。学校の入り口ですれ違ったときにも、少しニヤリと会釈をくれた。大学院で戦後日本の経済政策を研究テーマにしていたのかもしれない。あるいは、私が自説を言い切ったことに満足したのかもしれない。

先生が違えば、話題も自ずから変わるし、その話題の共通性を語りたかったのではない。英会話とは、とどのつまり、自分の意見を相手にわかるように、シンプルに伝える訓練である。極端なケースとしては、ユートピアについて何も言えないのであれば、話す文法も技術も必要ないと。これがベルリッツでの百時間ぐらいでのレッスンでの教えである。

あれから、英語を使って何人もとの会話をおそらく何千時間と費やしてきたが、ベルリッツでのような質疑応答の場面がしょっちゅうあったわけでもない。誰もユートピアについてどう考えるかとは唐突には聞いてはこないからだ。それでも、ベルリッツの訓練以来、自分の引き出しには自説が百個ぐらいあって、それを英語にして説明する作業用メモリの準備はできた。

たびたび引用する村上春樹氏は、「やがて哀しき外国語」で、英会話の上達の3つのこつを披露している。

1.自分がいいたいポイントを早い機会に短い言葉で伝えること
2.シンプルな言葉で伝えること
3.大事な部分はできるだけ言い換えること

「…以上の三点に留意すれば、それほど言葉が流暢じゃなくても、あなたの気持ちは相手に比較的きちんと伝わるのではないかと思う。しかしこれは、そのまま、<文章の書き方>にもなっているな」と。
 
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